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2019大刀剣市出品予定 信家:第60回重要刀装具
水草沢瀉図鐔 銘信家
尾張の鐔工信家は、京伏見の金家と共に鉄鐔の双璧と称される名工である。形は木瓜形や丸形が多く、稀に蹴鞠型や下辺が張り出した障泥形がある。信家鐔の特色は鉄の鍛えが無類に良く、地文の景色が雅趣に富み、打刀拵に最も良く映る鐔である。銘は殆ど二字銘であり、大別すると「放れ銘」と「太字銘」の二種類に別けられる。
太字銘の本作は端正な木瓜形に造り込み、精良な地鉄の平肉には地紋と称される信家独特の鎚目地から湧出するように、水草と沢瀉の伸びやかで充実感漲る毛彫りが生動している。そして信家の真骨頂といわれる躍動する打返耳がそれらを包み込んで、本作のような鉄の芸術作品が完成されている。
(重要図譜より)
知の巨人・小林秀雄をもうならせる鐔
骨董を愛し蒐集していた批評家の小林秀雄。学生時代、国語の試験に小林が使われているとその難解さに暗澹たる思いを抱いたものですが、今信家を手に取りながら改めて彼の随筆「鐔」を読むと味わい深いものがあります。この「鐔」という随筆はセンター試験に使われるほど有名ですが、ここに少し引用させて下さい。
鍔好きの間で、古いところでは信家と相場が決まっている。相場が決まっているという事は、何んとなく面白くない事で、私も、初めは、鍔は信家、金家が気に食わなかったが、だんだん見て行くうちに、どうも致し方がないと思うようになった。花は桜に限らないという批評の力は、花は桜という平凡な文句に容易に敵し難いようなものであろうか。( 中略 )
この時代の鍔の模様には、されこうべのほかに五輪塔やら経文やらが多く見られるが、これを仏教思想の影響というような簡単な言葉で片付けてみても、どうも知識の遊戯に過ぎまいという不安を覚える。戦国武士達には、仏教は高い宗教思想でもなければ、難しい形而上学でもなかったであろう。仏教は葬式の為にあるもの、と思っている今日の私達には、彼らの日常生活に糧を与えていた仏教など考え難い。又、考えている限り、空漠たる問題だろう。だが、彼等の日用品にほどこされた、仏教的主題を持った装飾の姿を見ていると、私達は、何時の間にか、そういう彼等の感受性のなかに居るのである。
今回掲出の信家の鐔を実際手に取ると、写真ではわからない鉄の持つ独特の風合い、温かみを感じます。金属である鉄、通常なら冷たい感触の素材であるにも関わらず、鍛錬された鐔を持ってみると不思議とぬくもりのようなものを感じます。乱世の混沌とし殺伐とした戦場の中で武士たちはこの鐔を手に取り、何を感じたのでしょうか?
信家の真骨頂といわれる打返耳(鐔の周縁部)、この部分の独特の手触りは格別です。硬い鉄でありながら何故か温かみをかんじさせる質感。鉄鐔は実際手に取り、その感触を味わっていただきたい五感で感じる鐔といえるでしょう。
法量・竪長さ | 9.05センチ |
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法量・横長さ | 8.4センチ |
法量・耳厚さ | 0.65センチ |
品質 形状 | 木瓜形、鉄槌目地、毛彫、打返耳、両櫃孔(赤銅埋) |
時 代 | 室町時代末期乃至桃山時代 |
沢瀉は勝軍草(将軍草)
この鐔のモチーフである沢瀉(おもだか)は湿地や沼地に生える水草の一種で7月から8月にかけて3弁の可憐な白い花を咲かせます。
葉が鏃(やじり)のような形であることから武人に好まれたようです。そこから別名勝軍草(しょうぐんそう)と呼ばれ、さらに転じて将軍草とも呼ばれました。
古くは奈良時代から文様として使われ、のちに家紋として使われるようになり、戦国武将の一人毛利元就、彼が勝戦草である沢瀉に勝虫である蜻蛉が止まったのを見て戦に勝ったことにちなみ毛利家は沢瀉紋を使い始めたと伝えられています。
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