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日本刀の試し斬りでは人を使っていた?歴史の裏側と現代の取り扱い

日本刀の試し斬りでは人を使っていた?歴史の裏側と現代の取り扱い

「日本刀の試し斬りで、本当に人が使われていたのだろうか」
「罪人の死体を使ったというのは、本当なのだろうか」

このような疑問を、お持ちではないでしょうか?

記録によると、日本刀の歴史において人体を用いた試し斬りは、実際に行われていたとされています。
それは単なる残酷な見せ物ではなく、刀の性能を確認するための慣習として行われていました。

本記事では試し斬りの歴史的背景を紐解き、博物館で刀を見たときの見え方が変わる、鑑賞の視点について分かりやすく解説します。

日本刀の試し斬りでは人が使われていた

日本刀の歴史において、人間の体を使って斬れ味を試す行為は実際に行われていました。

戦場で刀が最大の武器として機能していた時代から、天下が泰平となった江戸時代にかけ、その方法は社会の仕組みとともに変化していったのです。

戦国時代の生き試しから江戸時代の死体での試し斬り

戦国時代には、生きた人間を対象とする「生き試し」と呼ばれる方法が存在しました。これは主に死刑を宣告された罪人を使い、実戦での威力を生身の人間で確認する目的で行われたものと考えられます。

しかし、江戸時代に入り世の中が安定すると、生きた人間を斬る行為は許されなくなりました。代わって主流となったのが、処刑された死刑囚の死体を使用する試し斬りです。

幕府の法体制が整うにつれ、試し斬りは単なる残酷な行為ではなく、刀の性能を客観的に測定するための公的な手続きへと変わっていきました。

犯罪である辻斬りと公的な試し斬りの違い

時代劇などで耳にする辻斬りは、武士が私利私欲や身勝手な理由で、夜道を通る無抵抗の通行人を無差別に襲った重大な犯罪行為です。

一方で試し斬りは、刀の性能や斬れ味を正確に評価するために、一定の管理下で行われた作業でした。

つまり、社会秩序を乱す辻斬りと公的な管理下で刀の品質を証明しようとした試し斬りは、目的も社会的な扱いも異なります。

試し斬りを請け負った山田浅右衛門

日本刀の品質を見極める検定作業には、凄まじい技術が要求されました。江戸時代には、人間の体を斬ることを専門とする職人が組織されていくことになります。

幕府公認の御試御用と首斬り役の兼任

試し斬りを安全かつ正確に行うため、専門的に担った家系がありました。それが「御試御用」を代々請け負った山田浅右衛門家です。

御試御用とは、将軍家や大名家から預かった日本刀の斬れ味をテストする、幕府から公式に委託された特別な務めを指します。

彼らは幕府の正式な家臣ではなく、あえて浪人の身分を維持しながら、将軍家や大名家の刀剣の斬れ味を判定する特殊な役割を担っていました。

山田浅右衛門は、試し斬りに使用する死体を確保するため、処刑場での首斬り役も兼任していたと言われています。

試し斬り用の台である土壇場と斬られた部位

実際の試し斬りは、処刑場に土を高く盛って作った「土壇場」と呼ばれる専用の台の上で行われました。

現代でも使われる、追い詰められた局面を指す言葉の語源です。この土壇場に死体を強固に固定し、刀身を振り下ろして斬れ味を測定していました。

斬る場所はどこでも良いわけではなく、人体の骨の太さや密集度に応じて細かく部位が指定されていたのです。

例えば、わきの下のあたりを指す雁金や、腰の骨の周辺を指す両車などです。それぞれの部位ごとに、骨を断つ難易度も決められていました。

人で試し斬りをした刀と銘の意味

人間の体を用いて行われた試し斬りの結果は、単なる作業記録として破棄されたわけではありません。測定結果は、日本刀の性能を客観的に証明する重要なデータとして扱われたと言われています。

斬れ味の証明として刻まれる截断銘

試し斬りの具体的な成果は、刀の茎に直接刻まれることがありました。これを截断銘(せつだんめい)と呼びます。銘には、誰の死体を使い、どの部位をどのように斬り落としたかという情報が克明に記録されました。

例えば、重ねた死体を一太刀でどこまで斬れたかにより、二ツ胴や三ツ胴といった文字が刻まれます。

截断銘が刻まれた刀を博物館で見たとき、恐怖心を感じるかもしれません。しかし、これは決して残酷さを誇示するための記録ではありません。

截断銘が刻まれた刀は、当時の厳しい検定をクリアした証であり、自らの命を預ける刀として武士たちの間で非常に高く評価されました。

試し斬りが禁止された明治時代

明治時代に入り、日本の社会制度や法律が近代化する中で、人間の体を使う試し斬りは歴史の幕を閉じました。

凄惨な検定作業がどのように終わりを迎え、現代に受け継がれたのかを解説します。

法改正に伴う試し斬りの終わり

明治時代に入ると西洋の価値観が流入し、1870年(明治3年)頃には死体を用いた試し斬りは実質的に禁止されました。

さらに、1882年(明治15年)施行の旧刑法によって死刑の方法が絞首刑に一本化され、斬首を伴う刑罰が廃止されたことで、物理的にも人体を用いた試し斬りは終わりを迎えたのです。

以降、日本国内において人体を対象とした試し斬りは、一切行われていないと伝えられています。

現代の試し斬り体験で使用されるもの

現代の武道や剣術の現場で行われる試し斬りでは、人間の体ではなく代用品が使われています。主に使われるのは、人間の肉や骨に近い密度を持つとされる巻き藁や青竹です。

現代の試し斬りは、かつてのような刀の性能テストではありません。正しい刀の軌道や力加減を学ぶ、技術向上や精神修養の目的で行われていました。

歴史の闇にあった残酷な慣習は消え、現代では安全に管理された伝統文化として継承されているのです。

自宅にある日本刀の価値と取り扱い方

自宅から古い日本刀が見つかると、「過去に人を斬ったのではないか」と不安を覚えるかもしれません。

しかし、現存する古い刀の多くは儀礼用や家宝として大切に保管されてきたものであり、実際に人を斬った刀とは限りません。

手入れがされておらず、錆や汚れが目立つ刀であっても、名工の技術や貴重な歴史的価値が隠されている可能性が十分にあります。

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まとめ

人間の体を使った試し斬りは、現代の感覚からすれば受け入れがたい残酷な行為かもしれません。

しかしその背景を知ると、自らの命を託す刀の性能を極限まで追求した、武士たちの品質への執念だったのです。

次に博物館や展示会で刀を見るときは、美しく研ぎ澄まされた刀身の奥にある、歴史の重みを感じてみてください。