刀剣の魅力は、見た目の美しさだけではありません。柄の中に隠れた茎（なかご）には、小さな文字が刻まれています。これが銘（めい）と呼ばれる、刀工が残したサインです。
銘には、誰が・いつ・どんな思いでこの刀を作ったのかが詰まっています。難しそうに感じるかもしれませんが、銘の意味や読み方を知ると、刀剣を見る楽しみが一気に広がります。
本記事では、刀剣の銘について初心者にもわかりやすく解説します。刀に刻まれた物語に、耳を傾けてみましょう。
銘は刀工の名前を示す刻印
日本刀には、刀工が自分の名前を刻んだ「銘（めい）」と呼ばれる部分があります。これは、柄に隠れた「茎（なかご）」という部位に刻まれており、刀を作った職人の存在を示す重要な要素です。
銘を入れる習慣は、実は701年の大宝律令の中で、武器の作り手を記すことが定められたことに始まります。時代を経て、平安時代の終わりごろには本格的に普及し、多くの刀に刀工の銘が刻まれるようになりました。
刀に銘を刻む背景
銘は鏨（たがね）という工具で、槌を使って手彫りで刻まれます。この工程を「銘を切る」と表現します。刀工が自らの作品に名前を刻む行為は、技術と誇りを刻み込む儀式のようなものでもありました。
文字が小さいとはいえ、その一文字一文字には作り手の覚悟と技術が込められており、現代でも職人の魂を伝えるものとして大切にされています。
銘は鑑定や文化財指定の根拠になる
銘は単なる署名ではありません。鑑定の際には、刀の真贋や時代を判断する根拠にもなります。特に、文化財としての指定や美術品としての評価には、この銘が大きな役割を果たすことがあります。
誰が、いつ、どこで作った刀なのか。その情報を知ることで、刀剣に込められた物語をより深く理解できるのです。
代表的な銘の種類と内容
日本刀に刻まれる銘（めい）には、刀工の名前以外にもさまざまな情報が含まれていることがあります。銘は刀の茎（なかご）に刻まれ、製作した人物や目的、使われた時代などを知るための大切な手がかりとなります。
銘にはいくつかの代表的な種類があり、それぞれが特定の情報を示しています。ここでは、初心者でも知っておきたい代表的な銘の種類と、その内容について紹介します。
作者銘
作者銘（さくしゃめい）は、その日本刀を作った刀工の名前を刻んだものです。最も基本的な銘で、多くの刀に見られます。
銘の中には、刀工の名前だけでなく、居住地や流派を含めて記される場合もあります。たとえば「備前国長船住長義作」といった表記がその例です。
文字の形には直線的な楷書体風や、柔らかい行書体風があり、刻み方や鏨（たがね）の使い方にも刀工の個性が表れます。そのため、作者銘は刀の真贋を見極めるうえでも重要な手がかりとなっています。
受領銘
受領銘（ずりょうめい）は、刀工が自分の名前の前に、朝廷や幕府から与えられた官位を刻んだ銘です。名誉称号としての意味があり、「守（かみ）」「介（すけ）」「大掾（だいじょう）」などが代表的です。
これらの称号は名目上のものですが、正式な手続きを経て授けられたものであり、刀工の地位や格式を示すものとされました。
江戸時代には多くの刀工がこの受領名を名乗り、自らの誇りとして銘に刻んでいます。
紀年銘
紀年銘（きねんめい）は、その刀がいつ作られたかを示す銘で、多くは茎の裏側に刻まれます。このため、「裏銘（うらめい）」と呼ばれることもあります。
内容としては、「寛永三年二月日」などのように、年号だけでなく月を含めて記されることが多く、特に「二月」や「八月」と刻まれた例が多く見られます。
これらの時期は、古くから刀作りが盛んに行われていた季節とされています。
所持銘
所持銘（しょじめい）は、その日本刀を持っていた人物の名前が刻まれた銘です。多くは、刀を注文する際に持ち主が希望して入れたもので、自分の所有を示す意味を持ちます。
また、後から刀を手に入れた人が、その経緯と共に自分の名前を追加する場合もあります。こうした所持銘は、室町時代や幕末の刀に多く見られ、当時の武士が家の誇りとして刀に名を刻んだ例もあります。
所持銘を通して、その刀がどのような人々の手を経てきたのかを知ることができ、刀に込められた歴史や人間関係の一端に触れることができます。
注文銘
注文銘（ちゅうもんめい）は、日本刀を特別に依頼した人物の名前を刻んだ銘です。多くの場合、刀工の名前と注文者の名前が並んで刻まれ、その刀が誰のために作られたかを示します。
このような刀は「注文打ち」と呼ばれ、特定の武士や人物の希望に応じて一振りずつ仕上げられた、いわばオーダーメイドの刀です。これに対して、流通用に大量生産された刀は「数打ち（かずうち）」と呼ばれ、銘にもその違いが現れます。
注文銘がある刀は、個人の意図や思いが込められた特別な一振りとして、高い価値を持っています。
銘を見れば刀の価値が分かる
銘は、刀がどのような人物によって、いつ、どこで作られたのかを知るための大切な情報です。刀の見た目だけでは分からないことも、銘を見ることで詳しく読み解けます。
展示や鑑定の現場では、銘の内容や文字の刻まれ方が、本物かどうかを見極める手がかりにもなります。銘は名前以上の意味を持ち、刀の「身分証明書」とも言える存在なのです。
刀の真偽は銘の筆跡や位置で判明する
刀の真贋を見分ける際、銘は非常に重要な判断材料となります。人気のある刀工の名前を偽って刻んだ「偽銘」の刀も古くから存在し、専門家は銘の筆跡や位置、彫りの深さなどを見て鑑定します。
保存状態によっては銘が読みづらい場合もあり、慎重な観察が必要です。
無銘や偽銘にも意味がある
銘がない刀は価値が低いと思われがちですが、必ずしもそうではありません。
たとえば、太刀を短く切り詰めた「磨上げ（すりあげ）」によって銘が失われた例や、最初から銘を刻まなかった刀もあります。これらは「無銘」と呼ばれますが、地鉄や刃文、形状から刀工を推定するという楽しみ方もあります。
偽銘であっても、いつ誰によってなぜ刻まれたのかを考えることも、一つの楽しみ方です。刀剣は銘の有無にかかわらず、視点や考え方次第で楽しめる幅が広がります。
まとめ
刀剣の銘は、一見すると目立たない存在かもしれません。しかし、そこに刻まれた文字は作り手の誇りと責任、そして時代の空気を映す大切な記録です。
たとえ読み方が分からなくても、どんな意味があるのかを考えながら見ることで、刀との距離が一気に縮まります。展示会や博物館で刀剣を目にしたときは、ぜひ茎の部分と刻まれた銘に注目してみてください。
刀に刻まれた数文字から、職人の想いが静かに語りかけてくるでしょう。
